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グアテマラでの観光客死傷事件と臓器売買の噂
[Radix no.26, 2000. 6. 30刊]

大学院比較社会文化研究院・助教授 太田 好信


 私は文化人類学の現地調査のため、中米・グアテマラ共和国をしばしば訪れます。グアテマラには20のマヤ系言語が存在します。そのうちキチェ語、マム語についで話者人口が多いのが、カクチケル語です。今そのことばを話す人たちが組織している文化・言語復興運動について学んでいます。
 日本ではグアテマラのことが報道されるのはとても珍しいことですが、2000年5月1日の朝刊を見て、仰天してしまいました。現地の住民により日本人旅行者らが殺傷されたというのです。しかも、ラディーノ(非先住民)の観光バス運転手は、ガソリンをかけられ焼死体で発見されたとのこと。憎悪に満ちた殺害方法です。犠牲者の方々には、心からお悔やみを申し上げます。
 さて、事件の起きた町は、私がよく訪れる地域ではないのですが、いくつか気になることがありました。マスメディアではほとんど取り上げられていない事情を含めて、若干補足してみたいと思います。
 今回事件が起きたトドス・サントス・クチュマタン町には約2万人のマム語系先住民が生活しています。この町は観光地として有名で、欧米、さらには日本からのバック・パッカーには人気があります。また、現金収入を求めて、現地の若い男性たちは北米に出稼ぎに行きます。最近では、仕送りで町の経済がずいぶん潤ってきました。少なくとも、観光客がめったに出入りしない「秘境」ではありません。
 事件についての情報は、こういう順番で入ってきました。まず、写真を撮っていたら襲撃されたというのです。これはどうやら誤解だったようです。というのも、住民たちは「バスのトランクを開けろ」とか「子供を隠しているのだろう」といいながら、バスの中まで調べたからです。写真を撮られたら魂を奪われるといって住民が激昂したというのは、少なくとも今回の事件に関しては誤報だったようです。
 でも、「子供を隠す」という部分は、とても気にかかりました。「臓器移植に使う目的や養子にするため外国人が子供を誘拐する」という噂が広まっていたという報道もありました。この情報については、いくつか心当たりがあります。
 まず、1996年3月29日のイースターに一人のアメリカ人女性が、今回の事件があった場所から約160キロ離れたサン・クリストバル・ベラパスという町で住民に襲撃されました。この町はケクチ語を話す地域で、今回事件のあった場所はマム語圏ですから、一部で報道されたような同一地域を暗示する「この地域」という表現は適切ではありません。
 さて、この女性が襲われた理由ですが、「臓器を売る目的で子供を誘拐した」ということでした。この女性は環境保全運動に従事している女性で、アラスカから休暇を利用し、スペイン語を学ぶためグアテマラを訪れていました。
 事件当日、この女性は8歳の男の子の頭を撫でたりしたらしいのですが、その子供がいなくなってしまいました。心配した母親に向かって「グリンガ(白人女性)がスカートの中におまえの子供を隠しているぞ」というアイスクリーム屋の冗談が、この悲しい事件の引き金でした。町の人々は、この白人女性を地方裁判官のところに連れて行くといって騒ぎ出し、その後騒ぎが拡大し、結果的には暴行にまで及んでしまいました。母親は子供を発見し、子供は戻って来たと言っても、暴動は収まらなかったようです。一命はとりとめたものの、意識がない状態が長く続いたようです。
 「臓器売買」という噂は、ある程度のリアリティをもっていたのでしょう。3月13日には、グアテマラで最大の発行部数を誇る全国紙が「臓器売買をする闇市の実態」という扇情的記事と臓器の値段表なる代物を挿絵入りで掲載したばかりです。この記事は3月7日に太平洋側にある村でアメリカ人女性が治安当局に拘束された事件に触発されたのでしょう。このときも、「臓器売買する組織がグアテマラで活動中」という噂があったのです。
 「臓器売買」では、アメリカ合州国やカナダ、欧州各国の密売人が「観光客」を装いグアテマラに侵入し、国内のブローカーと取引を行うといわれれていま
す。「グリンゴ(北米人)は人さらいだ」ということも、よく耳にしました。
 もちろん当時のアメリカ大使館や政府も共同で声明を発表し、この噂を否定しました。しかし、否定するという行為が、逆に噂に確証を与えることになったのかもしれません。というのも、両政府もすでに買収されていて、その当局の否定はむしろ事実の隠蔽であるという解釈が成立するからです。
 サン・クリストバル・ベラパスでの事件は、ゲリラと政府との間で交渉されていた和平協定の一つが調印される日でした。ですから、和平調停調印のためグアテマラを訪れていた欧米諸国のオブザーバーたちに「先住民たちの凶暴性」を印象づけるため、軍や自警団がこの民衆を先導したという解釈も完全に否定できません。
 しかし、今回はそういう事情もありません。実は、臓器売買についての噂は、私がお世話になっている村でも耳にしたことがあります。先住民の子供から「臓器を買い取る」ために、白人がやって来たというのです。白人にはラディーノの男がガイドとして同伴していたといいます。
 このような噂は最近始まったものではないのです。また、グアテマラや中米、さらには新世界に限られてもいません。中央アフリカでも、この噂のヴァリエーションと考えられる話が報告されています。植民地主義関係が存在していた場所には、かなり広範囲に分布しています。したがって、このような噂が時代や場所を越えて再生産されている事実を直視する必要があります。政治的に無力な人々にとり、この噂によってしか語りえない現実が、いまだに継続しているのではないでしょうか。
 最近のグアテマラは激しい社会変化を経ています。1996年の内戦終結後、ここ2年内に電力会社、電話会社、さらには郵便組織もすべて民営化され、外国資本が管理しています。前大統領が民営化の際に、多大な利益で私腹を肥やしたという噂も広がって
いました。国内の一部の人々が貧困層を犠牲にして、国を外国資本に売っているという意識があります。先住民たちの大部分は貧困層に属し、その生活水準は向上していません。
 こういう社会変化は北米と中米国家との対立
ということではなく、資本蓄積のためならどんなに非道徳的な行為でも行う人々の国内外での増加を示します。そして、最近では資本を蓄積した経済大国の一つが日本です。非道徳的な行為を冒しかねない人のカテゴリーには、日本人も含まれているのでしょう。そういう人から子供を守ろうというのは、母親なら当然の感情でしょう。

写真1
現在、対グアテマラ援助の筆頭国は日本です。主に下部構造整備を中心に援助が行われていますが、最近では先住民の(スペイン語)識字率向上を目指した「小学校建設計画」も支援しています。写真は、日本からの援助によりペテン県にて道路整備事業を行っている人たちです。黄色いトラックには日の丸が見えます。私は「日本の『大統領』にこの写真を送ってくれ」と依頼を受けました。
 今回の事件が起きると、事件の展開がまだまだ不明瞭な時点においても、「閉鎖的な先住民社会」、「メディアの普及が遅れたため、流言飛語を信用してしまう人々」、「リンチを自衛手段としている町」などという語り口が、あたかも「描写的言語」であるかのようにメディアに満ち溢れています。また、今回の事件との具体的な関係がまったく明らかにされないまま、「グアテマラは36年間も内戦が継続した」、「元ゲリラなどによる治安の混乱」という情報も流れています。グアテマラは政情不安定な「後進国」であり、そのなかでも先住民社会は前近代的である、としか考えられなくなっています。
 もし、グアテマラでの臓器売買の噂が国内外での経済的不均衡を語ることばを提供しているとすれば、先住民についての一連の語り口も同じ不均衡を私たちの視点から語っていることばにすぎないのです。少なくとも、「描写的言語」ではないはずです。そう考えることにより、私たちが事件を解釈するときの枠組みについて、初めて自覚できます。今回の悲惨な事件は、海外旅行のための教訓だけではなく、私たちが中米のマヤ系先住民たちをどう見ているのか、その見方について反省する機会を与えてくれるのではないでしょうか。